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アスペルガーを生きる。時に笑い、時に泣き。

アスペルガー当事者として、日々のこと、障がいのことを綴ります。

人と同じようにできなかった自分。

こんばんは。
sflowerです。

私たちは学生時代、
「できないことを、できるようにする」教育を受けてきました。
それで、発達障がい(アスペルガー症候群)で得意なことと不得意なことの差が激しかった私は、子どもの頃からかなり苦労を強いられてきました。

スポーツが苦手な子ども時代

例えば、小学3年生くらいの頃は体育の時間に確かドッジボール用のボールを使ったボール投げがうまくできず、背の順で自動的にペアになった子に迷惑をかけていました。
ボールを投げるのも、キャッチするのも下手でした。
ドッジボールをすれば、ボールが取れないのでいつも真っ先に当てられ、外野に行っていました。
同級生からは「3年生になって、こんなボールも取れないのか」などと言われていました。
また、ソフトボールの授業では他の子に怒られて泣いたこともありました。

また、以前にも書きましたが短距離走もいつもクラスの女子で一番遅いか、2番目に遅かったです。
それで、毎年5月頃に行われるスポーツテストが憂鬱だったのを覚えています。
スポーツが得意な子は一目置かれていましたが、苦手な私はバカにされる役目でした。

「どうして私はバカにされるの?ちゃんとやろうとしているのに!」
スポーツが苦手だったことも、いじめられていた原因の1つだったように思います。

「できないことを、できるようにする」教育を変えるべき時代に来ている

このように、「できないことを、できるようにする」教育は、できない子が周りから浮いたり、いじめに遭ったりする可能性を生みます。
それが一番怖いことだと思います。

日本の教育も、
「できないことは、できなくてもいい」
「得意なことをもっと伸ばす」
方へシフトしていけば、日本の未来はもっと明るくなるのにな・・・
そして、いじめも減ると思います。

東京だと思いますが、IQの高い子どもたち向けの小学校があるのをテレビで見たことがあります。
子どもたちが自分の好きなテーマで研究するなどの授業風景は、まさに「得意なこと、好きなことを伸ばす」教育です。
普通の小学校でもこのように、子どもたちがのびのびできる教育になっていけばいいなと思います。

人と同じようにできない自分

また、私の話に戻ります。
私はスポーツが苦手だったことに加え、同級生とコミュニケーションを取るのも苦手でした。
新学期になると、周りの子たちは友達のグループを作っていくのに、私にはそれができませんでした。
友達ができたと思ったら、いつの間にかよそよそしい態度を取られて離れていくこともありました。
「他の子たちは、普通に友達を作っていくのに、どうして私にはそれができないの!」
もしかしたら、人と目線を合わせられなかったとか、思いついたことをストレートに言って周りを凍り付かせていたのかもしれません。

スポーツでも、友達作りでも周りの子達と同じようにできない自分が嫌いでした。

「できないことは、できるように努力しなきゃいけないんだ!」
そう思っていましたが、ずっとスポーツ(特に球技)は苦手のままでした。
また、中学、高校、大学と、最初の頃に友達ができないか、できてもすぐに離れていくことが続きました。

やがて、23歳になり私は病院の精神科で自分がアスペルガー症候群であることを知りました。
「この障がいのせいで、私は今まで苦しんできたんだ!」
私は障がいを恨みました。


私は、臨機応変に行動するのが苦手なのに当時は介護の仕事をしていて、休職中でした。
変化の連続と、患者様や従業員とコミュニケーションがうまく取れないことなどで精神的に病んだからでした。

私は、障がいのことを知ってから1ヶ月後に復職し、相変わらず毎日のように叱られながらも翌年の3月まで仕事を続けました。

その後、当時24歳で私は故郷の島根に帰りました。
相変わらず、障がいのことを受け入れられずにいました。
そこで、私は考えました。
「そうだ、何でも人並みにできればいいんだ!もっともっと頑張れば、周りから浮かなくて済むんだ!」
こう思った私はどうなったのか・・・

この続きは、また次回書こうと思います。